「伝えた」と「伝わった」は違う|家族それぞれの覚悟から学んだこと

家族介護

こんにちは。こんばんは。シンママナースのたまごです。

わたしの両親はまだ介護が必要な状態ではなく、それなりの病名はありますが元気で過ごしてくれています。

しかし70代半ばになり、何をするにもスピードが落ちていたり、やたらと「疲れた」と言っている姿をみることが多くなりました。

そんな姿を見ていると、「親の介護」という言葉が少しずつ現実味を帯びてきたように感じています。

わたしは親の介護をしたくはないけれど、長女だし、しなければいけないだろうと思っています。

少し前の記事で書かせていただきましたが、父は「家で死にたい」そうです。

ただ、介護=自宅看取りだけではないと思っています。

病院へ入院しても施設へ入居しても、荷物を持って行ったり、先生や本人の話を聞いたり、買い物へ連れて行ったりと、それなりに両親の世話を大なり小なりしなければいけないと思っています。

今回は、ご兄弟それぞれの親への想いの違いから、訪問看護師として考えさせられた出来事についてお話ししたいと思います。

兄弟それぞれの立場と思い

長男は小さいころから親に様々な期待をかけられ、プレッシャーを感じていたそうです。

次男は長男と三男が仲が良いため、自分の意見は言えないと思っていたそうです。

三男は二人の兄が話し合って決めてくれるだろうと思っていたそうです。

同じ家族であっても、親に対する思いや立場はそれぞれ違っていました。

お母さんは自宅に帰ることを選んだ

前年の秋、母親である患者さんは嘔吐を繰り返すようになり病院を受診しました。

そこで胃がんと診断されました。ステージⅢでした。

抗がん剤治療も行いましたが、手足のしびれや嘔吐、食欲不振など副作用が強く出てしまったそうです。

そこで患者さんは、「もう年だから治療はしない」と決断されました。

わたしたち訪問看護師が関わり始めた頃には、余命は2か月あるかどうかと言われている状態でした。

余命宣告を受けた病室には兄弟3人が同席していたそうです。

それでも患者さんは自宅に帰ることを選ばれました。

患者さんの覚悟

初めてお会いしたとき、患者さんは死ぬ覚悟ができているように感じました。

もちろん死ぬことは怖かったと思います。

それでも「残された時間でやらなければいけないこと」を決め、体調の良い日に一つひとつ進めていらっしゃいました。

息子さんたちも誰かが毎日仕事帰りや休みの日に訪れ、親子の時間を過ごしていたようです。

わたしは三人三様の形で、お母さんとの時間を大切にしているのだと思っていました。

訪問時にはキーパーソンである長男さんとお会いすることが多く、

「お母さんは本当に頑張り屋さんですね」

「急変する可能性が高くなってきましたね」

などとお伝えしていました。

そして、それらの情報は兄弟間で共有されているものだと思い込んでいました。

入院か在宅看取りか

病状が進むにつれ、お母さんから

「緩和ケア病棟へ入院しようかと思っている」

と相談されることがありました。

しかしその一方で、

「このまま寝たきりになっても自宅で過ごすことは可能ですか?」

と尋ねられることもありました。

在宅看取りと入院の間で揺れ動いていたのです。

当然、その迷いは長男さんへお伝えしていました。

わたしは、それも兄弟間で共有されていると思っていました。

最後の決断

ある日、ほぼ寝たきりになった患者さんがこう話されました。

「もういろいろ考えるのがつらい」

「薬も飲めなくなってきたから、注射をしてもらいたい」

すぐに主治医へ連絡し、対応していただくことになりました。

医療者から見ても、患者さんの体はすでに限界を超えている状態だと感じていました。

それでも、患者さん本人の「頑張りたい」という思いに寄り添ってきたのです。

たまたま在宅されていた長男さんへお母さんの希望をお伝えしました。

長男さんは、

「弟たちに電話しないといけない」

と話されていました。

そのため、わたしは当然お二人にも連絡がいくものだと思っていました。

しかし、お二人には伝わっていませんでした。

お二人が到着したときには注射が始まっており、お母さんと会話をすることも難しい状態になっていたのです。

「知らなかった」という言葉

結局、お二人はお母さんと十分に話をすることなく、最期の数日を過ごされました。

どんな気持ちだったのか、わたしには想像できません。

「なぜ教えてくれなかったんだ」

と思っていたのかもしれません。

それとも、

「楽になってくれるならそれでいい」

と思っていたのかもしれません。

すべてが終わった後、弟さんたちから聞いた言葉は、

「注射をすることも、あと数日だということも知らなかった」

でした。

「伝えた」と「伝わった」は違う

わたしの中には、

「キーパーソンには伝えていた」

という思いがありました。

その一方で、

「きっといろいろな思いがあったんだろうな」

「つらい数日だっただろうな」

という気持ちもありました。

医療者として、キーパーソンに伝えていたことは間違いではありません。

でも、

「なぜ長男さんは伝えなかったのだろう」

と考え始めると、

「わたしは家族をきちんと見ていただろうか」

という疑問が出てきました。

次男さん、三男さんの表情はどうだっただろう。

病状を理解しているように見えただろうか。

振り返ると、わからないことがたくさん出てきました。

もちろん長男さんと話す機会は多くありました。

でも、弟さんたちに全く会わなかったわけではありません。

わたしは弟さんたちの思いに寄り添えていたのだろうか。

今でも自問自答しています。

家族の覚悟は同じではない

家族の関係性は外から見ただけではわかりません。

だからこそ踏み込みにくい部分もあります。

それでも、

お母さんは覚悟が決まっていた。

でも弟さんたちはどうだったのだろう。

長男さんはどうだったのだろう。

本人が覚悟を決めていたとしても、ご家族はまだ受け止めきれていないことがあります。

退院時に余命の話は聞いていました。

でも、それは本当に理解されていたのでしょうか。

受け入れられていたのでしょうか。

わたしは「伝えた」と思っていました。

でも本当に大切なのは、その人がどう受け止めているのかを確認することだったのかもしれません。

おわりに

訪問看護師として大切なことを見落としていたのではないかと思う出来事でした。

家族の関係性は外から見ただけではわかりません。

だからこそ、キーパーソンだけでなく、一人ひとりの思いに寄り添うことが大切なのかもしれません。

そして、ご家族一人ひとりの思いが違うからこそ、小さな質問や疑問、不安を遠慮なく医療者へ伝えてほしいと思います。

最期の時間を後悔しないものにするためにも、医療従事者との関係性を築いていくことはとても大切です。

「伝えた」と「伝わった」は違う。

今回の出来事は、そのことを改めて考えさせられる経験でした。

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