「優しさの中に厳しさがある看護師」わたしが大切にしている看護観

訪問看護

こんにちは。こんばんは。シンママナースのたまごです。

先日、自分の看護観を振り返る機会がありました。

看護師になった頃から変わらない思いですが、忙しい毎日の中で忘れかけてしまうことがあります。

でも、改めて思い出すことができたので、今日はその気持ちを残しておきたいと思います。

わたしが目指す看護師

看護観とは、「どのような看護を提供したいか」「どのような看護師でありたいか」という、自分自身の信念や価値観のことです。

わたしは昔から、

「優しさの中に厳しさがある看護師」

になりたいと思っています。

今も、その思いは変わりません。

特に訪問看護の仕事に携わるようになってからは、その思いが以前よりも強くなったと感じています。

「今日はしなくていい」と言われても

ある70代後半の男性患者さんのお話です。

初めてお会いした時から、「父と似ているな」と感じていました。

「人任せ」

「やる気がない」

「やってもらえたらそれでいい」

そんなところが、どこか父と重なって見えたのです。

その患者さんは、

「リハビリはしたくない」

「ご飯も食べられたらいい」

「何もしたいことはない」

と話される方でした。

脳梗塞を経験されましたが、麻痺はありません。

運動障害などはないものの、一日のほとんどをベッドで過ごしていたため、少しずつ筋力が低下し、杖や歩行器、手すりが必要な生活になっていました。

訪問リハビリや訪問看護での薬の管理、入浴介助、自力でトイレへ行く時以外は、ほとんどベッドから動きません。

だから、わたしは訪問するたびに、

「階段を上がってみましょう」

「今日は少し外へ出てみましょう」

「自分で食べた食器を洗ってみませんか?」

と声を掛けます。

患者さんは毎回、

「めんどくさい」

「他の人は何も言わないのに」

「怖い怖い(笑)」

と文句を言いながらも、最後には頑張って動いてくださいます。

他のスタッフが同じように声を掛けても、

「今日はしなくていい」

と言って断ることもあるそうですが、不思議とわたしの時は渋々動いてくれるのです。

厳しく伝える理由

なぜ、そこまで「動きましょう」と伝えるのか。

それは、

できることを一つでも長く残してほしいからです。

筋力も体力も低下するのは、本当にあっという間です。

気付いた時には歩けなくなり、そのまま寝たきりになってしまう方も少なくありません。

一人でトイレへ行ける時間が一日でも長く続けば、それだけ自分らしい生活を続けることができます。

そして、介護をするご家族の負担も大きく変わります。

介助しながらお風呂へ入ることができるのと、ベッド上で身体を拭き、陰部洗浄やオムツ交換を行う生活では、介護するご家族の負担はまったく違います。

だから、わたしは、

「家にいたいなら、しっかり動きましょう」

とお伝えしています。

もちろん、病気の進行によって動けなくなる方もたくさんいらっしゃいます。

でも、身体を動かさない生活が続いたことで、できていたことが少しずつできなくなってしまうケースは、防げる可能性があります。

「やってあげる」が優しさとは限らない

病院で働いていた頃にも、靴を履かせてもらうのを待っている患者さんがいらっしゃいました。

わたしは、

「頑張って、自分で履いてみましょう」

と声を掛けていました。

もちろん、時間はかかります。

その結果、師長から怒られることもありました(笑)

でも、その時間は決して無駄ではありません。

看護や介護は、

「やってあげよう」

「手伝ってあげよう」

という気持ちが強くなりがちです。

けれど、その優しさが、

その人の「できること」まで奪ってしまう

こともあります。

そして、それが結果として、自宅での生活が難しくなったり、ご家族の介護負担を増やしてしまったりすることにもつながります。

わたしが目指す看護師

わたしたち看護師の役割は、すべてを代わりに行うことではありません。

患者さん自身が、

「できることを増やすこと」

そして、

「できることを維持すること」

そのお手伝いをすることだと思っています。

だから時には、

「頑張ってみましょう」

とお伝えすることがあります。

その言葉は、患者さんを困らせるためではありません。

その人が少しでも長く、自分らしく家で暮らせるように。

そして、ご家族も笑顔で在宅生活を続けられるように。

その思いを忘れず、これからも、

「優しさの中に厳しさがある看護師」

であり続けたいと思っています。

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