こんにちは。こんばんは。
シンママナースのたまごです。
先日、夏休み明けに少し変化した息子の話を書かせていただきました。
その記事を書きながら、ふと思ったことがあります。
それは、
「私は、息子にサッカーがあったから待つことができたのかもしれない」
ということでした。
今日は、不登校の子どもを「待つ」ということについて、親として感じたことを書いてみたいと思います。
息子は小さい頃から「学校に行きたくない」と言う子でした
息子は、小学1年生の頃から、
「友だちとケンカした」
「先生に嫌なことを言われた」
「納得できないことがあった」
など、いろいろな理由で「学校に行きたくない」と言うことがありました。
その都度、息子と話をしながら休ませたり、学校へ行かせたりしていました。
それが大きく変わったのが、5年生の夏休み明けです。
3日連続だった休みが5日、7日と少しずつ長くなり、11月には初めて12日間連続で学校を休みました。
息子とは毎日のように話をしました。
でも当時の私には、息子が話す「学校に行けない理由」のどれもが、学校を長期間休むほどの理由には思えませんでした。
「なんで行けないの?」
「それくらいのことで休むの?」
息子の弱さや逃げ癖のように感じて、毎日のように腹を立てていました。
6年生になり、ほとんど学校へ行かなくなりました
6年生の新学期初日。
新しいクラスの友だちを見た息子は、
「俺、明日から休むわ」
と言いました。
そして本当に学校へ行かなくなりました。
4月は2日間。
5月は3日間。
6月も3日間。
7月になっても、登校できたのは10日ほど。
しかも、そのほとんどが保健室登校でした。
息子が学校を休んでいても、私は仕事があります。
日中、息子は家の中で一人で過ごします。
当然のようにスマホを見る時間が増えていきました。
そして、それに比例するように暴言や暴力も増えていきました。
もちろん、私も息子に対してきつい言葉を言うことが増えていきました。
スマホが悪いのか。
私が悪いのか。
息子が悪いのか。
何が原因なのかも、どうすればいいのかも、分からなくなっていました。
息子の暴力で警察に来てもらったことも、一度や二度ではありません。
私の身体に痣が残ったこともあります。
度重なる暴言と暴力で、私の心もどんどん疲れていきました。
娘も兄の顔色をうかがうようになり、その姿を見て、また私が息子に腹を立てる。
5年生の後半からの約10か月間は、本当に、本当につらい時間でした。
それでもサッカーだけは続けていました
そんな息子でしたが、大好きなサッカーだけは続けていました。
私とどれだけケンカをしても。
コーチにどれだけ厳しく指導されても。
練習や試合には参加し続けていました。
警察の方や児童相談所、病院の先生などからも、
「サッカーを続けられているのは大きいですね」
というような言葉をかけていただきました。
だから私も、
「できるだけサッカーだけは続けさせよう」
と思っていました。
そしてありがたいことに、息子はサッカーを通していろいろな人と関わりながら、少しずつ変わっていきました。
学校にも再び通い始めました。
今でも「本当に大丈夫かな」と心配になることはあります。
それでも、少しずつ次のステージへ進もうとしています。
「サッカーだったから、私は待てたのかもしれない」
そんな中、ふと思ったことがあります。
「これがサッカーじゃなくても、私は同じように息子を待てただろうか」
サッカーは外に出てするスポーツです。
コーチがいて、チームメイトがいて、保護者がいる。
学校に行けなくても、
「今日はサッカーに行った」
という、親から見ても分かりやすい活動がありました。
そして私自身も、コーチやチームメイトの保護者など、多くの人と関わることができました。
だから私は、どこかで、
「この子はまだ大丈夫なのかもしれない」
と思うことができていたのかもしれません。
では、もしそれがなかったら。
学校にも行かない。
部屋からも出てこない。
一日中ゲームをしている。
そんな我が子を目の前にして、私は同じように「待ってあげよう」と思えただろうか。
たぶん、できなかったと思います。
他人の子なら「ゲームから学べることもある」と言えるのに
他人のお子さんのことなら、
「ゲームの中でも人とつながっているかもしれないよ」
「ゲームから学んでいることもあるよ」
そんなふうに言えるかもしれません。
でも、自分の子だったらどうでしょう。
朝から晩まで部屋でゲームをしている我が子を毎日見ながら、同じ言葉を言える自信は私にはありません。
きっと、
「いつまでゲームしてるの?」
「学校には行けないのにゲームはできるの?」
と言ってしまうと思います。
実際私は、息子が大好きなサッカーを続けている時でさえ、素直に応援できない時期がありました。
試合会場まで送迎する。
でも、試合は見ることができない。
そんな時期がありました。
サッカーを頑張っている息子に、
「頑張れ」
と言えなかったんです。
当時の私は、
「家ではあんなに暴れているくせに、外ではいい子にして」
と思っていました。
そんなふうに考えてしまう自分自身も嫌で、息子を見ることができませんでした。
サッカーをしている息子にさえ「頑張れ」と言えなかった私が、部屋で一日中ゲームをしている息子だったら、どうしていただろう。
そう考えると、余計につらかっただろうなと思うんです。
「待ってあげて」と言われても、待つ側は苦しい
不登校について相談すると、
「今は待ってあげてください」
と言われることがあります。
「今は充電している時期なんですよ」
と言われることもありました。
でも私は、その言葉を素直に受け入れられませんでした。
「いつまで待てばいいの?」
と思いました。
「充電している」と言われても、
「充電するほど頑張っているようには見えない」
と思っていました。
「人生は長いんです。少しくらい休んでも大丈夫ですよ」
そう言っていただいたこともあります。
でも当時の私は、
「そんなわけないやろ」
と思っていました。
長い人生だからこそ、その土台になっていく小学生・中学生のこの時期が大事なんじゃないの?
そう思っていました。
今なら、専門家の方が言っていたことも少し理解できます。
でも、あの頃の私には理解できなかった。
そして今思うのは、
「待つ」ということは、決して何もしないことではない
ということです。
子どもの変化を「待つ側」にも力が必要です
今日も学校に行かなかった。
明日も行かないかもしれない。
このまま何年も変わらなかったらどうしよう。
勉強は?
進学は?
将来、仕事はできるの?
そんなことを毎日のように考えながら、それでも子どもとの生活は続いていきます。
子どもを信じたい。
でも、不安になる。
応援したい。
でも、腹が立つ。
優しくしたい。
でも、できない。
そんな相反する気持ちを抱えながら、子どもの変化を待つ。
「待つ側」にも、ものすごく力が必要なんだと思います。
親だって、すぐに子どものすべてを受け入れられるわけではありません
私は今になって、息子が学校へ行けなかった時間にも何か意味があったのかもしれないと思えるようになりました。
でも、それは今、息子に少しずつ変化が見えているから言えることなのかもしれません。
あの頃の私に、
「大丈夫ですよ。待ってあげてください」
と言っても、きっと素直には受け取れなかったと思います。
今まさに、
学校へ行かず、
部屋から出てこず、
ゲームばかりしている我が子を見ながら、
「このままで本当に大丈夫なの?」
と思っている方もいると思います。
1か月ではなく、1年、2年、それ以上。
子どもの変化がなかなか見えない中で、毎日を過ごしているご家族もいると思います。
だから私は、
「信じて待っていれば大丈夫」
とは簡単には言えません。
いつ変化するのかなんて、私には分からないからです。
子どもだけではなく「待っている親」にも支えが必要だと思います
振り返ってみると、息子にはサッカーという居場所がありました。
そして実は、私にも居場所がありました。
コーチと話す。
チームメイトの保護者と話す。
試合会場へ行けば、誰かがいる。
当時はそんなふうに考えたことはありませんでしたが、それは私にとっても外の世界とつながる場所だったのだと思います。
だからこそ、今は思います。
子どもの居場所を探すことと同じくらい、待っているお父さんやお母さんが一人にならないことも大切なんじゃないか。
子どもがいつ変わるのかは、誰にも分かりません。
1か月かもしれない。
1年かもしれない。
2年かもしれない。
もっと時間がかかるかもしれません。
待っている間に不安になったり、腹が立ったり、我が子を信じられなくなったりする親がいることは分かります。
私もそうだったからです。
そして今でも、息子のすべてを理解できたわけではありません。
それでも、少しずつ私たち親子の関係は変わってきました。
子どもを待つ時間を、親まで一人で耐える時間にしなくていい。
今は、そんなふうに思っています。


