こんにちは、こんばんは。40代シンママナースのたまごです。
以前、息子が不登校になったことを記事に書きました。
あの頃は、毎日のように悩んで、息子とぶつかって、どうしたらいいのか分からなくなることもありました。
そして夏休み。
夏休みが終わって新学期が始まると、息子は何事もなかったかのように学校へ行き始めました。
「あれ?」
という感じでした。
あの夏休みに、彼の中で何があったのか。
今でも詳しいことは分かりません。
ただ、
「この子、何か変わったかもしれない」
そう感じた日がありました。
それが、新学期が始まって1週間ほど経った頃の病院受診の日でした。
「この1か月、どうだった?」と聞かれた息子
診察で先生から、
「この1か月はどうだった?」
と聞かれた息子は、
「特に何も変わったことはない」
と答えました。
そのあと、私にも同じような質問がありました。
私は、
「夏休みに入って、ずーっとダラダラしていたので、一度大ゲンカになりました。そのときに『死ね』『お前は生きてる価値はない人間だ』って言われたんです」
と先生に話しました。
すると息子が、
「え?」
というような表情で私を見ました。
もしかしたら、本人にとってはもう過ぎたことだったのかもしれません。
でも、私にとっては違いました。
あの日の私は「今、助けてほしい」と思っていた
子育てに悩んでいた時期、私は自分の気持ちを殴り書きしていたノートがあります。
そこには、あの日のことが残っていました。
「死ね、生きてる価値はない人間って言われた。悲しくて、悔しくて、一緒にいたくなくて。しばらくでいいから引き取ってもらえないかと義父に電話。おじいちゃん、体調不良で難しい」
「サポートセンターに電話→児相へ相談して施設入居も検討」
「病院へ連絡→受診日の変更は困難」
あの日の私は、
「誰も助けてくれない」
と思っていました。
「今」助けてほしいのに。
病院も、児童相談所も、サポートセンターも、家族も……。
どこに相談しても、今すぐこの状況から助けてもらうことはできない。
落ち着いている今なら、それぞれにできることと、できないことがあったのだと理解できます。
でも、あの日はそんなふうには考えられませんでした。
「あ、糸が切れてしまう」
そんな感覚でした。
息子の顔を見たくなくて、車に逃げ込んだ
息子の顔を見るのもつらくなって、一人で車に逃げ込みました。
そのとき頭に浮かんでくるのは、悪いことばかりでした。
「息子をどこかの病院や施設にお願いできないだろうか」
「逃げ出したい」
「明日の朝が来なければいいのに」
「早くサッカーの合宿へ行ってくれないかな」
とにかく、
どうすれば今、息子と離れることができるんだろう。
そんなことばかり考えていました。
今振り返ると、それだけ私は追い詰められていたのだと思います。
少し離れたことで、お互いに冷静になれたのかもしれない
その後、息子にはサッカーの合宿があり、試合のための遠征もありました。
実際に少し離れて過ごす時間ができました。
それがよかったのかどうかは分かりません。
でも、私も息子も少し冷静になる時間にはなったのだと思います。
そして、息子からこんな言葉が出るようになりました。
「俺にも悪いところがある」
私は驚きました。
それまで、何かが起こったときには周りに原因を求めることが多かった息子が、自分自身の行動についても考えるようになっていたからです。
「え?この子、変わってきたんじゃない?」
「死ね」
「生きてる価値はない」
と言われて、どん底まで落ちていた私の気持ち。
それが、たった1か月ほどで、
「え?この子、変わってきたんじゃない?」
と急上昇しました。
親って、基本的には自分の子どもを信じたい生き物なんだなぁと、自分でも思います。
「やっぱりこの子はできる子だ!」
と、一気に親バカ全開です(笑)。
先生からも、
「振れ幅すごいですね。息子さん、頑張っていますね」
と言っていただきました。
ただ同時に、
「頑張りすぎると疲れてしまうから、無理はしないようにしてほしい」
というお話もありました。
治療についても、先生と相談しながら引き続き続けていくことになりました。
息子の振れ幅に振り回される私
そうなんです。
息子の振れ幅に、思いっきり振り回される私(笑)。
でも、その振れ幅は、私が息子との接し方を少し変えたからなのかもしれません。
息子自身が、
「俺にも悪いところがある」
と、自分のことも振り返れるようになったからなのかもしれません。
どちらが先だったのかは分かりません。
もしかしたら、どちらも少しずつ変わったのかもしれません。
ただ、たった1か月の間に、
「私たち親子、少し前に進んだかもしれない」
と感じました。
もちろん、それですべて解決したわけではありません。
その後も何度もケンカをしています。
ぶつかって、泣いて、また悩んで。
今も子育ての悩みはあります。
それでも、
「あ、この子、変わった」
と私が初めて感じたのが、あの夏休み明けの受診の日でした。
息子には「サッカー」という場所があった
そして今回のことを振り返って、もう一つ思うことがあります。
息子にはサッカーがありました。
学校へ行けない時期でも、サッカーには行ける。
試合がある。合宿がある。遠征がある。
親の私から見ても、
「この子にはまだ頑張れる場所がある」
と思いやすい環境だったのかもしれません。
でも、すべての子どもに、大人から見て分かりやすい「居場所」や「頑張っていること」があるわけではありません。
家から出ずにゲームをしている。
部屋からなかなか出てこない。
親から見たら、何もしていないように見える。
他の家の子どものことなら、
「ゲームから学べることだってあるよ」
と言えるかもしれません。
でも、それが自分の子どもだったら。
私も同じように思えるのかと聞かれたら、正直、自信はありません。
「このままで大丈夫なのかな」
「いつまで続くんだろう」
きっと不安になると思います。
だからこそ、私は自分たち親子の経験だけを見て、
「こうすれば大丈夫」
とは言いたくありません。
子どもによって状況も違えば、変化が見えるまでの時間も違う。
親がその時間をどれだけ苦しく感じるのかも、それぞれ違うと思っています。
「今、助けてほしい」と思っているお母さん、お父さんへ
子育てに悩んで、専門機関に相談しながら頑張っている方は、きっとたくさんいると思います。
そして中には、あのときの私のように、
「明日じゃなくて、今助けてほしい」
と思っている方もいるかもしれません。
私もそうでした。
病院にも相談した。
サポートセンターにも電話した。
児童相談所にも相談した。
家族にも助けを求めた。
それでも、その日の私は「誰も助けてくれない」と感じていました。
今振り返れば、それぞれにできること、できないことがあって、すぐには動けなかっただけなのだと分かります。
実際、翌日にはサポートセンターの方が息子に会いに来てくれました。
そして、私が苦しかったときには、娘が私にくっついてくれました。
私は一人ではなかったんですよね。
芽が出るまでの時間は、親子によって違う
あの夏休みに息子の中で何が変わったのか、今でも本当のところは分かりません。
私の接し方が変わったからなのか。
息子自身が何かに気づいたからなのか。
少し離れて過ごす時間があったからなのか。
きっと、答えは一つではないんだと思います。
私たち親子は、幸いにも夏休みの1か月ほどで、小さな変化を感じることができました。
それは、息子が頑張ってくれたからでもあると思っています。
でも、すべての親子が同じように短い期間で変化を感じられるわけではありません。
半年、1年、2年……。
もっと長い時間、子どものことで悩みながら、相談しながら、それでも答えが見つからないまま頑張っているお母さんやお父さんもいると思います。
だから私は、
「うちも1か月だったから、きっと大丈夫」
なんて、とても言えません。
学校へ行けるようになることだけが、親子が前に進んでいる証拠でもないと思っています。
外から見れば何も変わっていないように見えても、子どもの中で何かが動いているのかもしれない。
親の中でも、少しずつ何かが変わっているのかもしれない。
それがいつ芽を出すのかは、きっと誰にも分かりません。
私の場合は、たまたまそれが夏休み明けでした。
そして、芽が出たからといって、そこからずっと順調なわけでもありません。
今でもケンカします。
ぶつかります。
私も悩みます。
それでも、あの夏休み明けの受診の日、
「あ、この子、変わったかもしれない」
と思えたことは、私にとって大きな出来事でした。
今、何か月も、何年も子どものことで悩み続けている方が、もしこの記事を読んでくださっているなら。
私から「もう少し頑張って」とは言えません。
だって、もう十分頑張っていると思うから。
ただ、
同じように「もう無理かもしれない」「今すぐ誰かに助けてほしい」と思った母親が、ここにもいたことだけは伝えたいです。
私もまだ、子育ての途中です。

