母親とはどんな存在?|45歳になった今も答えを探している

子育て

こんにちは。こんばんは。シンママナースのたまごです。

子どもを育てていると、ときどき自信がなくなります。

「これでよかったのかな。」

「私はちゃんと母親ができているのかな。」

そんな日に、ふと考えたことがあります。

お母さんって、どんな存在なんだろう。


母親とはどんな存在なんだろう

私は、あまり母にいい印象がありません。

今でいう虐待や育児放棄をされたわけではありません。

でも、いつも母の機嫌を気にしていました。

「これを言ったら怒るかな。」

「今は話しかけないほうがいいかな。」

そんなことばかり考えていた気がします。

何度も話をしましたが、私の想いはなかなか母へ届くことはありませんでした。

だからなのか。

私は、子どもたちには自立してほしいと思う反面、いつか自分の手元から離れていってしまうことが少し怖いのです。

親は子どもの自立を願うものだと言います。

でも、その日が来ることを想像すると、嬉しい気持ちだけではありません。


母を反面教師にしてきた

「わかりやすいように」

「伝わるように」

「理解してもらえるように」

「興味を持った時に」

そんなことを考えながら、子どもたちと向き合ってきました。

自分がしてもらえなかったことを、子どもたちにはしてあげたい。

そう思ってきました。

お互いの思いを伝え合う大切さも、何度も話してきたつもりです。

でも、子どもが成長するにつれて意見がぶつかることが増えてきました。

特に息子が不登校になり、スマホばかり見るようになってからは、親子で衝突することがさらに増えました。


本当は傷つけたいわけじゃない

「そんなもんじゃないでしょ。」

「負けるな。」

「やればできる。」

そんな言葉を選んでしまうことがあります。

本当は、けなしたいわけではありません。

「悔しい」と思う気持ちや、

「もう一度挑戦してみよう。」

そんな力を持ってほしくて言っています。

でも、私の言葉はうまく届かず、ただ傷つけてしまっているだけなのではないか。

最近、そんなことを考えるようになりました。


子育てで願うのは「たくましく生きること」

どの親も、

「たくましく」

「自分の力で立ち上がれる人に」

そう願っているのではないでしょうか。

私もそうです。

転ばない人になってほしいわけではありません。

失敗しない人になってほしいわけでもありません。

転んでも、

挫折しても、

また立ち上がれる人になってほしい。

そして、いつか私がいなくなった時、

「お母さんなら絶対に応援してくれている。」

そう思って前を向ける人になってほしいと思っています。


伝え方は、へたくそかもしれない

私はきっと、伝え方が上手ではありません。

すぐに「はぁ?」と言ってしまうし、

怒るし、

余裕もありません。

でも、

子どもたちのことを

「できる子だ。」

「大丈夫だ。」

と心から信じています。

そして、

いつか私がいなくなった後も、

子どもたちの心の中で、

「お母さんなら大丈夫って言うだろうな。」

そんな存在でいられたらいい。


45歳になった今も答えを探している

お母さんって、どんな存在なんだろう。

どんなふうなお母さんでいることがベストなんだろう。

45歳になった今でも、

私はまだ、その答えを探しています。

きっと、これからも「これが正解」という答えは見つからないのかもしれません。

それでも、子どもたちと一緒に悩みながら、一緒に成長していけたらいい。

いつか子どもたちが大人になったとき、

「うちのお母さん、完璧じゃなかったけど、一緒に悩んでくれていたな。」

そう思ってもらえたら、それで十分なのかもしれません。

今日も私は、そんなお母さんを目指して子どもたちと向き合っています。


※この記事は実際の経験をもとにしていますが、プライバシー保護のため、個人が特定されないよう年齢や状況などを一部変更し、必要に応じて表現を調整して掲載しています。

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