こんにちは。こんばんは。シンママナースのたまごです。
朝、子どもと一緒に泣いたことがあります。
その頃の私は、「親として子どもの背中を押してあげられない自分が悪い」と責めていました。
同時に、強い焦りもありました。
学校に行けない日が続けば出席日数が足りなくなる。この子の将来の夢や進路を、私が途絶えさせてしまうのではないか。
そんな不安で頭がいっぱいでした。
あのとき、子どもは私の言葉をどんな気持ちで聞いていたのだろう。
今でも考えることがあります。
少しだけ前に進めた日
その日、ふたりで泣いたあと、子どもは1時間だけ学校へ行くことができました。
ほんの少しでしたが、私には前進に見えました。
「このまま少しずつ戻れるかもしれない」
そんな期待を持ちました。
でも次の日から、また行けなくなりました。
朝になると、
「10時くらいなら行けると思う」
「昼までには行く」
そんな会話を繰り返し、学校にも伝えていました。
けれど昼過ぎになると、学校から「今日は来ていません」と連絡が入る。
そのたびに、私は裏切られたような気持ちになっていました。
期待して、信じて、待って。
それでも行けない。
私は何度もきつい言葉をかけてしまいました。
親として励ましているつもりでした。
でも今振り返ると、あれは私自身の不安をぶつけていた部分もあったのだと思います。
「行きたいけど、行けない」
そんなある日、子どもが言いました。
「行きたいけど、行けない」
その言葉を聞いた時、胸が苦しくなりました。
私はずっと「行けない」という結果ばかり見ていました。
でも子どもは違いました。
行きたくないわけではなかった。
行かなければいけないことも分かっていた。
将来が不安なことも分かっていた。
それでも身体が動かない。
そんな苦しさを抱えながら、毎朝わたしの言葉を聞いていたのです。
見落としていたのは子どもの気持ちだった
そして私は、自分自身の焦りにも気づきました。
子どもの将来を心配しているつもりでした。
でも本当は、
「このままで大丈夫なのか」
「親として失敗しているのではないか」
という、自分自身の不安が大きかったのかもしれません。
本来、一番大切にしなければいけないのは、子どもの状態や気持ちだったはずです。
もちろん、今でも迷います。
休ませ続けることが正解なのか。
背中を押したほうがいいのか。
答えはまだ分かりません。
道は一つじゃない
中学受験についても、以前ほど出席日数だけにこだわらなくなりました。
勉強や得意なこと、本人の強みがあれば、進める道は一つではないのかもしれない。
そんなふうに少しずつ考え方が変わりました。
結果がどうであっても、子どもと一緒に話し合って決めていけばいい。
そう思えるようになりました。
親として忘れたくないこと
不登校になると、親は焦ります。
逃げているように見える子どもに腹が立つこともあります。
私もそうでした。
でも、子どもは子どもなりに一生懸命考えています。
親に心配をかけたくない。
行かなければいけない。
でも行けない。
そんな葛藤を抱えていることもあります。
だから今は、
「できていないこと」
ではなく、
「この子には何ができるだろう」
という視点を持ち続けたいと思っています。
そして何より、
「生まれてきてくれて嬉しい」
「元気でいてくれたらそれでいい」
そう願っていた小さかった頃の気持ちを思い出すようになりました。
成長するにつれて、私は少しずつ欲張りになっていたのかもしれません。
学校へ行ってほしい。
勉強を頑張ってほしい。
将来困らないでほしい。
その願いは親として自然なものです。
でも今は、それよりも大切なことがあるような気がしています。
子どもが笑って過ごせること。
そして、自分らしく生きていけること。
親として、まずはそれを大切にしていきたいと思っています。

